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お尋ねにお答えいたします・三「見あきる事がありません」
続きましては
「清十郎さんの襲名披露を
文楽劇場で拝見し
応援しております。
(ありがとうございます)
ところでその時
進行役をされていたのは
何という方だったのでしょうか。
お教え願います」

お蔭さまで
今年の九月で
襲名から丸五年となります。
本当にあっという間の
五年間でした。
その間様々の
大役も戴きながら、
なかなか思うように
成果が上がりませんが、
これからも見果てぬ夢
真の清十郎の遣いを目指して、
「焦らず、怠けず、諦めず」
一歩ずつ進んで参ります。
これからもこのブログ共々
宜しくお願い致します。

さてお答えですが、
竹本文字久大夫さんが
勤めてくれました。
住大夫師匠にも
お座り戴いた
披露口上。
もしかしたら
文字久君は
私以上に緊張したのでは
ないかと思いますが、
東京、大阪二公演の長丁場を
堂々と素晴らしく
務めを果たしてくれました。

ここで一つ耳より情報を。
大阪、東京の本公演に関わる事で
知りたい事がある時は、
文化デジタルライブラリー
がとっても便利。
こちらには
国立小劇場
文楽劇場での
公演記録は勿論、
国立劇場が開場した
昭和41年からですが、
大阪朝日座での舞台も
調べる事が出来ます。

たとえば今回御質問の
口上でしたら、
演目で探す」の項の
「こ」をクリックして戴くと
ずらっと一覧表が出ますので、
「口上」をクリックすると
越路師匠から私までの
襲名、引退口上の記録が
一気に出て参ります。

検索は公演の日時
演目からだけでなく
役名、芸名に加えて
何と!かしらの名称からも
検索できます。
「へーこのかしらは
こんな役に使うんだ」
などと見あきる事が
ありません。

文楽、歌舞伎にとどまらず
能、狂言から邦楽、舞踊
落語、声明に至るまで、
検索可能なジャンルは様々。
国立劇場が心血を注ぎ
今も進化を続ける
データベース。

じつは私もブログを書く時
毎回大変お世話になり、
今やもうこの検索なしでの
人生は考えられません。
(そんな大げさな)
使って戴いてなんぼの
このサイト。
皆さんも早速お気に入り、
ブックマークに御登録。

豊松清十郎

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[2013/03/10 16:16] | なまけず一所懸命 | トラックバック(0) | page top
お尋ねにお答えいたします・二「お叱りを受けました」
続いては、
「忠臣蔵の通し、
二日連続で
ほぼ通しで拝見しました。
(有難うございます!)
腰はぼろぼろですが
満足感いっぱいです。
ところで勘平のかしらについて
質問があります。
三段目と五、六段目では
顔が違うような
気がしたのですが。
プログラムには
「源太」とありますが、
髪型のせいでしょうか
五、六段目の方が
眉もくっきり
男前に見えました(笑)。
気のせいかしら。
いつかお答えいただけると
嬉しいです」

やっとお答え致します(汗)。
こちらも確かに
変わっております。

文使い、裏門などの
前半は動きなしの
二枚目らしい源太を。
二つ玉、腹切などの
後半は眉や目の動く
仕掛けのある源太と
使い分けます。

勿論髪型でも印象は
ガラッと変わりますが、
源太は彫っただけの物、
そして仕掛け付きにも
「眠り目」という
目が瞑る物と
「寄り目」の物があり、
これが全部源太。
特に動きのない源太は、
久松や十次郎、
そうそう、力弥にも使った
「若男」のかしらと
区別が付きにくく、
これを説明するのは、
うーん。
写真を撮っておけば
良かった。

うーん、ウーン・・・。
これはまた次回の
お楽しみという事に(大汗)。

因みに源太の名称は
「ひらかな盛衰記」に登場する
「梶原源太景季(かじわらげんだかげすえ)」
の役名から来ている為、
「げんた」ではなく
「げんだ」と呼びます。
私も入り立ての頃
「げんた、げんた」と連発して
「げんだやで!」と
文雀師匠に
お叱りを受けました。

豊松清十郎

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[2013/03/10 10:10] | なまけず一所懸命 | トラックバック(0) | page top
お尋ねにお答えいたします・序「遅ればせながら」
3月の声を聞いてから
どうやら少し春めいて
と感じておりましたら、
この所は更にまた
ググっと暖かくなり、
2月公演の寒さが
嘘の様。

これなら
祇園で桜を見物!
とまぁこれは
ちと気が早すぎますが、
こう暖かくなると
厄介なのがスギ花粉。
マスクにゴーグルという
完全防備の方も
増えて参りました。

ご他聞に漏れず文楽でも
くしゃみ鼻水鼻詰まり、
「あー、はなびずとばれへん。
ばすくしてぶたいにでたら
あかんかなー」
という気の毒な御仁も
たんとおられます。

斯く言う私も数年前まで
苦しむ皆さんを尻目に
「花粉症なんて」
と高を括っておりましたが、
ある時あまり目がかゆいので
「結膜炎かな?」
と診察を受けたら先生が
「イヤイヤこれは
アレルギー性の結膜炎、
立派に花粉症ですね」
とのお言葉。
晴れてお仲間入りを
果たしました。

さて、長く御覧戴いている方は
とうにお気付きでしょうが、
半年働き半年休む
勝手気ままなこのブログ。
今回長期休暇を
戴いている間にも、
舞台への御意見、御感想
また私に激励、御声援など
多くのメールを頂戴しました。

勿論ご質問もたくさんに。
ここまで何の御返事もせず、
大変失礼いたしました。
という事で
遅ればせながら本日は
「お尋ねに答えて」
をお送りさせて戴きます。

豊松清十郎

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[2013/03/09 14:17] | なまけず一所懸命 | トラックバック(0) | page top
皆様のお声に感謝「忠臣蔵で大入りを」
続きましては

「清十郎さん、初めまして。
相生座のある瑞浪市に住む
新米文楽ファンです。
今頃文楽に夢中になっていますが、
遅すぎたと後悔しています。
ライフワークとして
文楽を応援して行きます!」

いえいえ、
文楽にはまるのに
遅いも早いも御座いません。
見るもの聞く物全てに
新鮮な感動が味わえる
今はとっても貴重な時です。
大切になさって下さい。

勿論三百年の昔から
たくさんの人が関わって
途轍もなく奥の深い文楽は、
ライフワークとして
お楽しみ戴くのには
打って付け。
どうぞ焦らず
ぼちぼちと
末永くお楽しみ下さいませ。

最後はこちらを

「大入り袋おめでとうございます!!!
大阪人としてほんとに嬉しいです!!!
11月は忠臣蔵、
今回思いきって
丸一日文楽漬けになろうかと。
11月も大入りを目指したいです!!!
私も文楽歴はたった1年半です。
それでこれだけハマるんですから、
もっとたくさんの人にハマってほしい!!!」

ありがとうございます!!!
何と言っても
文楽は大阪の物。
やっぱり大阪人に
ハマって貰わない事には。

夏公演の勢いを
何とか11月に繋げたい。
いつやっても文楽の総力を傾ける
忠臣蔵の通し公演だけに
より一層そう思います。

次回公演千秋楽も
引き続いての大入り袋を!
そう念じています。

いつもよりは上演時間が
長めの11月公演。
初めてで全部見るのは
ちょっと辛いという方には
幕見席もございますから、
どんどんお友達の大阪人を
文楽の輪の中へ
引き入れて下さいね。
期待してます。

今年は正月から静、お夏、雪姫
千代と遣って参りましたが、
公演毎に声援のメールも
たくさん頂戴しました。
本当に有難うございました。

直接お返事こそいたしませんが、
お送り戴いたメールや
拍手ページのコメントは、
全て手元に御座います。
事あるごとに読み返し、
舞台への力、励みと
させて戴いております。
このブログへの御意見、
文楽に関しての御質問共々
皆様のお声を心から
お待ち申し上げます。

充実の夏休みも終わり、
いよいよ内子座も目前。
待ちに待った舞台へ、
と心が躍ります。
十二分に充電して、
今年は
夏バテ知らず。
内子で郡上で国立で、
皆様のお目に掛かるのが
今から楽しみ。
さあ、行きまっせ!

豊松清十郎

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[2012/08/26 10:00] | なまけず一所懸命 | トラックバック(0) | page top
皆様のお声に感謝「笑顔、見つかりました」
続いての
孫悟空については
皆様にとってもサプライズ!
でしたのか、
たくさんお寄せ戴きました。

「夏公演の初日から大入りで何よりです。
清十郎さんの孫悟空って
想像がつかなかったですが、
とても楽しそうに遣ってらして
別の顔を見たようでした。
こういうお役も結構好きなのかな?
なんて思いました。
宙乗りは御自分の足で
悟空の足を演じますから
難しいでしょうね。
筋肉痛になりそう・・・」

自分でも想像つきませんでしたが、
思いがけず楽しかったです。
もしかしたら嫌いじゃないのかも・・・

またいつかお話しする事も
あるかと思いますが、
普段下駄を履いた
主遣いは、
必要以上に自分の足を
踏み出さない様にしているので、
なかなか難しかったです。
日頃からの運動不足、
これも身に沁みました(トホホ)。

「土日を利用して拝見しました。
これがないと夏が始まらなく
なりました。
文楽にお邪魔する度に
己の「文楽中毒度」の
急上昇↑を感じております。
孫悟空、スピード感があって
とても楽しめました。
お子さん達も大喜びでしたね!
途中
清十郎さんがちょっと笑顔に
なられてるのを発見!
なんだか嬉しくなりました。
子供達の中から
宙を舞う清十郎さんを見て
「あんな事してみたい!」
なんて思ってくれる子が
現れないかな?と
期待しています」

夏が始まらないとは
嬉しいお言葉!
有難うございます。

心おきなくどっぷりと
文楽の楽しさに
はまって下さいませ。

笑顔、
見つかりましたか。
これも普段、なるべく表情を
顔に出すまいと
心掛けていますので、
咄嗟に笑おうと思っても
顔が強張ってしまって。
中途半端に凍り付いた様な
笑いになってませんでした?

役者さんの気分になれたら
良いのでしょうが、
なかなかそう簡単に
切り替えるのは・・・
変に慣れて仕舞って、
元に戻れなくなるのも
怖いですが。

親子劇場の印象で、
将来文楽を目指す子が
出てきてくれたら
嬉しいですね。
尤も人形遣いになったら
いつでも宙を飛べると
思われても困りますけど。

豊松清十郎

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[2012/08/25 10:00] | なまけず一所懸命 | トラックバック(0) | page top
皆様のお声に感謝「我が町で文楽を」
大和の事でも。

「いいですねぇ。
鑑賞教室でない
こういう会に参加してみたいです。
岐阜県に住んでますが、
大阪に行くより
郡上に行く方が
時間がかかるんですよねぇ・・・」

これからは大都市を回る
春、秋の巡業と共に、
町とそこに住む皆さんと
直接触れ合う小公演を
もっともっと
増やしていきたい
と思っています。

「我が町で文楽なんて、いいわね」
とお思いになられたお客様、
一度
「文楽協会」へ
お尋ねになってみませんか。
リニューアルしたHPにも
お立ち寄りください。

それにしても
同じ県内で
大阪の方が近いとは!
いかに郡上が山深いか、
という事なんでしょうね。

夏公演前のイベントについては。

「大阪駅のPRイベント、
まず第一歩が踏み出せて
良かったと思います。
チャンスは
ピンチの顔をして
やって来るといいますから
逆風を逆手に取りましょう!」

正に仰せの通りになりました。
「文楽を守ってやろう」という
ファンの有難いお気持と同時に
世間の方に文楽を
知って戴く為の努力が
いかに大切な物なのか、
いかに結果を生み出すか、
という事を目の当たりに
させて戴きました。

この経験をこれからに
生かしていかねば
と思っております。

豊松清十郎

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[2012/08/24 10:00] | なまけず一所懸命 | トラックバック(0) | page top
皆様のお声に感謝「研修生発表会・相生座公演」
夏公演が終わって、早十日。
暑い暑いと言いながら、
どこかに秋の気配も
感じられる様になって参りました。
って・・・

あれ?
どこかで見た様な・・・
いかんいかん、
この前の書き出し
そのままやがな。

三日、五日は良いけれど、
こうお休みが続くと・・・
デコヤ殺すにゃ刃物はいらぬ、
月に十日も干せば良い
っちゅうけどホンマやな。

イカンイカン、
暑さで
アタマがクラクラしてきた。
こんな時こそ、っと。
そうです、これこれ。

このブログにお寄せ戴く
お声の数々。
御礼申し上げるのを
すっかり御無沙汰
致しておりました。
それでは感謝の
気持ちを込めて。

先ずは研修生発表会。

「第25期研修生発表会を拝見しました。
人形遣い志望のお二人は、
この後なかなか出遣いはないでしょうから、
お顔をしっかり覚えておきます。
研修生発表会を拝見すると、
自然にその後の活躍ぶりに注目します。
将来の人間国宝に期待したいですね!」

有難うございます。
1月末の発表会から半年が
過ぎましたが、
三味線2名、
人形2名の25期生、
変わらず研修に励んでおります。
来年春には其々に師匠の許へ
入門した晴れ姿を
御披露出来る事でしょう。
今期4人が国宝になる日まで、
どうぞお見届け下さいます様に。

続いて楽屋食堂の話題で。

「いつも更新楽しみにしております。
次回はぜひぜひ懐かしのナポリタンの
詳細リポートもお願い致します」

食べる事は大好きですが、
味をお伝えするのは
至難の業。
グルメブログを研究して、
チャレンジ致しましょうか。

次は相生座公演で。

「相生座毎年楽しみに
横浜から楽しみに伺ってます。
本当に前夜祭は抱腹絶倒でした。
楽屋などなかなか見る事が出来ない
角度のお写真ありがとうございます。
人形の支度をしながらも、
しっかり勘介クンを
チェックしている
勘十郎さん。
小屋の裏側などなど。
私も写っておりました」

写真という物は面白い物で、
撮った人間が考えてもいなかった物が、
写っている場合が良く御座います。

人形支度の忙しい時にも
弟子の様子が気になる師匠の愛情が、
あの一枚に
クッキリと写し出されていて
私にとっても驚きでした。

お姿が写っていましたか。
ブログの写真には
なるべく皆様の
お顔が入らぬようには
心掛けているのですが、
なかなか行き届かぬ
事も御座います。
皆様どうぞ
御寛容の程を。

豊松清十郎

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[2012/08/23 10:00] | なまけず一所懸命 | トラックバック(0) | page top
一丁前の顔がシュンと(昔はよろしゅうおましたなぁ・その4)
舞台が、これまた楽しい事ばかり。
パンフレットを見直すと、
一年目から、
「新口村」の通り流し、
樋ノ口の水右衛門で、堂々と
名前が載っています。
二年目は、玉也(その頃は栄光)さんと、
「阿古屋」の、水奴を。
この水奴では、叱られた思い出が。

あの頃の巡業では、出演者の地元に来ると、
役を替わる事が、良くありました。
「あいつは、ここの生まれやから」
と、道行の三枚目から、
一枚上がってみたり、と。

それを見ていた私は、
そうする物だと、心得て、
ある日、阿古屋を遣っていた
玉男師匠に、
したり顔で、一言。
「○○は、ここの生まれですから、
水奴、替わりましょうか?」
「阿呆かっ!」
と、一喝されました。

今思えば、玉男師匠も、
さぞかし、驚かれた事でしょう。
まだ入りたての、中学生が、
一丁前の顔をして、そんな事を、
言い出したのですから。

思い出は、尽きませんが、
一歩引いて見ると、その頃は、
時代の変化と共に、文楽も、
様々な物が大きく移り変わる
転換期だった様に思います。

在来線が、新幹線や飛行機へ。
駅前旅館が、ビジネスホテルへ。
芝居小屋が、市民会館へ、
興行主も、民間から、行政主体へ、
と変わっていく、端境期で、
その両方を体験できたのは、
今にして思えば貴重な経験でした。

また日を改めて、思い出すままに、
お話しさせて戴こう、と思っております。
その時は、どうぞ又、お付き合いの程を。

豊松清十郎

(やっぱり、腰を据えてのシリーズになりそうです)

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[2012/08/22 08:30] | なまけず一所懸命 | トラックバック(0) | page top
電車に乗れるから?(昔はよろしゅうおましたなぁ・その3)
山陽新幹線が、ようやく岡山まで
開通したのも、この年(中一)3月。
今の様に、今日は東へ、明日は西、
と言う様な事は、叶う筈も無く、
特急列車に乗るのも、三日に一度。
大抵は鈍行で、小さな町まで
丹念に回って行きます。

朝7時、8時の出発は当たり前。
早立ちの疲れを取ろうと、
直ぐに居眠りを始める
師匠方を尻眼に、
乗り物好きの私は、一人、
目を爛々と光らせて、窓の外の景色に、
心を奪われていました。

「ただで、いやいや、お金まで貰って、
好きなだけ、電車に乗れるなんて」
と、大感激。
思えばこの時に、文楽をやっていこう、
という決意を、固めたのではないか、と。

ビジネスホテル、などと言う物は無く、
泊まるのは、
昔はどこにでもあった
駅前旅館。
若い者は、大部屋に布団を並べて。
勘十郎さん、玉女さんなど、
お兄ちゃん達が、遊んでくれるし、
毎日が、修学旅行。
そりゃぁ、楽しいに決まってます。

かと思うと、
あちらの隅では、
玉也さんを始め、大学出の面々が、
一升瓶を傍らに置いて、
「反帝、反スタ」などと、小難しい事を、
しかめっ面で、論じています。
急に、大人になった気分で、
もうこれまでの、中学校の生活が、
馬鹿馬鹿しくって。

豊松清十郎

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[2012/08/21 08:32] | なまけず一所懸命 | トラックバック(0) | page top
こうして猫の手に(昔はよろしゅうおましたなぁ・その2)
夏公演が終わって、早一週間。
暑い暑いと言いながら、どこかに秋の気配も
感じられる様になって参りました。

暇に飽かして昔のブログを見返す私。
あぁ、あんな事もあったなぁ。
そうそう、そうでしたそうでした、
などと一人頷き読み返していると、
おや? おやおや?
見出しだけで
宙ぶらりんのままの記事が!

日付は昨年3月21日、
といえば・・・
そう、思い出しましたこの時は
大好きな彦根の町とひこにゃんを
御紹介するのに一生懸命。

その後は四月の公演で
すっかり忘れておりました。
今更ながら私の
まだ十代の思い出話。
少しお付き合い下さいませ。

私の初旅は、
昭和47年3月。
西暦で言うと、1972年。
かれこれざっと、40年も
昔の事になります。

私が、
1958年の9月生まれ、と言う事は、
まだこの時は・・・13歳!?
そうです、中学一年生の三学期でした。
その時はまだ、研究生の身。
技芸員になる前に、一人前の顔をして、
巡業に参加していたのです。

あの頃の人形遣いは、僅かに30名ばかり。
清十郎師匠、簑助師匠はもちろん、
勘十郎師匠、玉男師匠も
公演になれば、役だけで、などと
収まっている暇は、ありません。
幕が開けば、あっちの手伝い、
こっちの介錯と、跳び回る毎日。

そんな文楽に、御時勢でしょうか、
この年から3年続けて、
海外での公演が催されたのです。

一年目は、オーストラリア公演。
玉女さんの海外デビューでした。
しかし、それと同時期に、国内にも巡業が。
そちらは止めて、と言う訳にも行かず、
猫の手も借りたい程の人手不足。
そこで、猫の手、として中一の私が
駆り出された、という訳で。

学校には、どんな風にお願いしたのでしょう。
今では、全く思い出せません。
でもその頃には、
私が文楽に入門した事、
卒業したら、進学せずに
人形遣いになる事は、
学校中に知れ渡っていましたから、
「中村は(本名です)文楽に行くんだし、
巡業でも、何でも行っといで。
どうせ3月は、大した授業も無いし」
てな、所だったのでしょう。
今から思えば、
のんびりした時代でした。

豊松清十郎

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[2012/08/15 13:20] | なまけず一所懸命 | トラックバック(0) | page top
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