こんな所でやってます「本巣市民文化ホール・2」
では何故
この町に
こんな建物が。
実はこの辺り、
10年前まで真正町、
も一つその前は真桑村
と呼ばれていました。

真桑と言えばマクワウリ。
関西ならばマッカウリ。
そう、太功記九段目
「瓜献上の段」にも登場する
「真桑瓜」は
昔この地の名産で
その名を今に伝えています。

そして
もう一つ
この真桑に伝わる
名物、それが
「真桑文楽」。

江戸中期、
用水を巡っての
水争いを鎮めた
庄屋福田源七郎の
労をねぎらい催した宴の
余興として始まった
と言われています。

市民ホールはこの
真桑文楽の上演に相応しい建物を
と、設計されたのです。

大阪文楽(?)とは
御縁も深く
ホール開館時から
玉男師匠が名誉館長を
勤められました。

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ここは真桑文楽の里
「大阪」の二文字は外せません


またここ真桑だけに残る
かの水争いを描いた
「真桑誉義農源七郎(まくわのほまれぎのうげんしちろう)」
の復活上演では
玉女さんを始めとして、
多くの技芸員が
監修、指導に当たり、
平成14年
見事にお披露目。
今では真桑文楽の
人気演目となりました。

ホールの2階は
真桑文楽の歴史や
上演演目の解説、
また見台、三味線
かしら、人形などを
展示するギャラリーに
なっています。

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こちらが展示ギャラリー

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胴に手足に小道具

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真ん中の女性どこかでお会いした様な

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自分で動かせるコーナーも

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上演外題
嫁おどしの段が気になりませんか

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この三番叟もちょっと気になります


現存のかしらに
江戸系、
上方系が
入り混じっているのは
愛知、岐阜の
人形芝居には
良くある事。

昔諸処様々の
人形座が、旅興行で
東海道を上り下り、
衣装や
かしらを
お金に換えた座も
あったのでしょう。

豊松清十郎

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[2013/10/11 20:25] | あせらず清十郎 | トラックバック(0) | page top
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