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野崎村は、やっぱり良い物です。
さて久松。
「野崎村」を、完全な形で遣わせて戴くのは、初めてですが、
「やっぱり良い物だなぁ」と、しみじみ感じます。

子供の時から親代わり、真実親身に、
身の上を案ずる、久作、
幼馴染、兄妹のように育ち、喧嘩もするけれど、
想いは深い、おみつ。
死の床に臥せりながら、おみつとの祝言を、
たった一つの楽しみに、命を繋いでいる、おみつの母。
我が儘だけれど、心の中は、久松命、
ただもう、一途、一筋のお染、
女ながらも、大店の主、久松の身の上、娘の恋も想いも、
全て呑み込んだ上で、二人を見守る、お勝。
久松を巡る、それぞれの人物の心情が、次々に伝わってきて、
考えたら二時間近く、ほとんど出ずっぱりなのですが、
その長さを、少しも感じません。

他の人形の見せ場でも、気の緩む所がありません。
ただ、お芝居の趣向として、動いているのではない、
魂を持った人間として、それぞれの役の思いが、
心に響いてくるのです。
これは勿論、綱、住、両師匠が語られている、という所も、
大きくそこに与っていると思います。
玉男師匠がいつでも、
「文楽は浄瑠璃や」
とおっしゃいましたが、正にその通りです。

「油屋」は、東京では久し振りの上演。
こちらは、
「野崎」に比べると、趣向が中心のお芝居。
人物関係も複雑なので、
「ちょっと分かりにくい」、
とお感じの方も多いか、と思います。
正直、遣っている方も、
「あれ? この起請文は、どこから出てきたんだっけ」
などと思って、本を読み直す事も、度々ですから。

昨年、やはり
「野崎村」、「油屋」と、
続けて久松を遣われた、玉女さんに、
「久松、長いでぇ」と言われました。
確かにここまで遣って来ると、
下駄を履いた足にも、身が入って、
「なるほど、こりゃ、値打ちあるは」と感じます。

小判を隠した冷や飯を、勘六に食べられかけて、
大慌てに慌てる小助など、退屈する所は無い筈なのですが。
やはり、こちらは「野崎」と逆に、趣向中心に筋を運ぶので、
そこに関係しない人物は、気楽なのかも知れません。
と言いましても、あくまでこれは、
久松を遣う私の、勝手な思いだけで、
けっして「油屋」がつまらない、
という事では御座いません
「歌祭文見るのは、やめておこうか」
などと思われませんように。
面白い、とっても面白いお芝居です。

遣いとしては、
姿勢の良さに加えて、
若男のやわらかさを、どうしたら出せるか。
そんな遣いの技術、テクニックに加えて、
どんな風に表わすのか、という表現の面。
女形になってはいけないし、
子役に近い、儚さ、頼りなさも出したいし、
でも、すっきり二枚目の、カッコ良さが消えてはいけないし、
と、楽しく悩んで、務めております。
とっても遣り甲斐のあるお役、
四月に続いて、この公演も、
気が付けば今日は楽日、
というような、嬉しい事になってくれそうです。

豊松清十郎

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テーマ:豊松清十郎 - ジャンル:学問・文化・芸術

[2010/05/17 20:48] | なまけず一所懸命 | トラックバック(0) | page top
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