スポンサーサイト
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
[--/--/-- --:--] | スポンサー広告 | page top
四月公演御礼「あれから二十五年」(GW大型連載・2)
医者、病院は大嫌い、
丈夫という言葉を
絵に描いたような
先代清十郎師匠が、
突然病いに倒れられたのは
昭和58年の春。
13時間にも及ぶ
大手術の後、
持ち前の体力で
徐々に快方に向かい
年末には舞台復帰。

朝日座のお別れとなった
翌59年正月公演には、
早くも「熊谷陣屋」の相模という
長丁場での
大役を勤め果たせて、
続く東京二月公演が
紙治のおさん。

多少痩せてはおられましたが
人形の遣いに少しの乱れも
ありませんでした。

そして迎えた四月、
国立文楽劇場の開場。
華々しく「千本桜」の
通し上演だった
その時の
師匠の役は
「すしや」のお里。
新しい劇場を大変楽しみに
しておられました。

ところが稽古になって
急に体調を崩して
一暢兄さんが代役に。

初日も舞台には
向かいましたが、
屋台の暖簾口を
くぐることなく
また入院。

結局体調は戻らず
その年の11月17日
亡くなられました。

柿落し公演の番付に
名前だけは載ったものの
一回も出演出来ず。
つまり実質的には
この年、二月のおさんが
師匠の最後の
舞台となったのです。

その舞台では
左を勤めていた私。
順調に回復の道を
歩んでおられただけに
亡くなられたのは
私にとっても
大変無念な事でした。

あれから二十五年を過ぎ
師匠の名前も継がせて戴いて
初めて勤める、おさん。
楽日に悔いだけは
残さぬようにと取り組みました。

勿論身についた物以上の事が
出来よう筈もなく
お客様の目には
いつもと変わらぬ
歯がゆい遣いだった
事と思いますが、
いつもに増して懸命に
取り組んだ事で
舞台の上で感じた事や
技術的な発見もあり、
この先、取り組んでいく
手がかりがまた少し
見つかったように思われ
自分なりに手応えのある
千秋楽を迎える事が出来ました。

またそれだけに改めて
師匠の凄さを身に沁みて
感じたひと月でもありました。

来月のおさんは
十八番の文雀師匠。
経験したことを踏まえて
改めて舞台袖から
勉強させて戴きます。

豊松清十郎

にほんブログ村 演劇ブログ 古典芸能へ 豊松清十郎にご声援を!

テーマ:豊松清十郎 - ジャンル:学問・文化・芸術

[2013/05/05 10:00] | あせらず清十郎 | トラックバック(0) | page top
トラックバック
トラックバック URL
http://seijuro5th.blog113.fc2.com/tb.php/441-12f2860d
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)
| ホーム |
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。