北船場まち歩き5「懐かしさが込み上げてきます」
続くは伏見町通。
銘板には骨董商と
ありますが、
うーん・・・
特別そんなお店は・・・

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謎です

分からぬ時は
スルーして、
高麗橋通へと
向かう道筋に
建ち並ぶ
味わい深い
二棟の建物。

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高麗橋は東横堀側に架かる橋です

南側の白い方が
浪花教会。
昭和5年の竣工です。

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プロテスタントの教会です

丁度此の頃の大阪市は、
人口も二百万人を超えて
当時の東京市(1888~1943)を凌ぐ
日本一の大都市。
商業はもちろん
鉄鋼、紡績などの
工業も最盛期で、
「大大阪」と
呼ばれていました。

先程の綿業会館もそうですが
北船場周辺には
この「大大阪」時代の
建物が数多く
現存しています。

お隣の赤煉瓦のビルは
高麗橋ビルディング。
こちらは更に古く
明治45年の建造。
赤レンガと聞くと
誰しもが思い浮かべる
東京駅丸の内駅舎
も手に掛けた
辰野金吾さんの設計です。

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東京駅完成の二年前です

持ち主が何回も変わったので、
「旧大中証券ビル」
「シェ・ワダビル」
など呼び名も様々。
現在はお洒落な
ウェディングホールとして
使われています。

高麗橋と聞いて
思い浮かぶのは
三越劇場。
2005年まで
この通りを
東に行った
堺筋沿いに
三越北浜店が
ありました。

戦後文楽が
二派に分かれていた頃、
松竹と袂を分かち
その息の掛かった小屋を
使う事の出来ない三和会は、
お客様の伝手を頼り
東京、そしてここ
北浜にも在った
二つの三越劇場を
ホームグラウンドに、
文楽協会の発足する
昭和38年まで
奮闘していました。

当然その時代を
全く知らない私も、
師匠、先輩方から
その頃のお話を
度々聞いていた為か、
三越劇場と聞くと
わが事の様に
懐かしさが
込み上げてきます。

今やその場所は
地上高日本一を誇る
超高層マンションに。
面影はどこにも
ございません。

豊松清十郎

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[2013/03/29 19:00] | あせらず清十郎 | トラックバック(0) | page top
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