“GW”は山車文楽で<知立祭りの御案内その2>
元々の知立との御縁は、
この町に
二代清十郎の顕彰碑があった所から。
岐阜出身と聞いている二代目は、
足繁くこちらに通った様です。

昔は全ての町で演じられた
山車文楽も、
戦後になって徐々に廃れ、
かろうじて山町だけが、
形を残すのみとなっていました。

教えを伝える古老たちも、
残り僅かとなった三十数年前、
「これではいかん」
と奮い立った
山町の若者達が、
指導者を求めて文楽協会に
直接働きかけました。

当時協会職員だった後藤さんは、
清十郎の顕彰碑がある事を知り、
四代目である師匠に依頼。
師匠も快諾されて、
そこから知立山車文楽の
新たな復活の
歴史が始まったのです。

その時
師匠が伝授されたのが、
「八百屋お七」火の見櫓の段。
上演時間も手ごろ、
派手で見栄えもするし
狭い山車の上の舞台にも
打ってつけという事で、
今も毎回どこかの町で上演される
人気の演目になっています。

あれから早三十年、
各町其々の皆さんの頑張りで
一町また一町と復活を果たし、
今では西町のからくりも含めて、
宮入りした五町全ての山車で
奉納の上演が行われるまでに
なりました。

特に12年前、文化会館の開館により、
文楽の講座が始まってからは、
人形を遣う技術も
格段にレベルアップ。
師匠の亡き後を引き継いで
指導に当たる私も、
確かな手応えを感じています。
いやいや指導なんておこがましい。
共に勉強、という所でしょうか。

山車の舞台は二間(3.6m)四方。
稽古の時は場所を区切って、
しっかりその感覚(間隔?)を
身に付けないと、
本番では忽ち舞台から
転げ落ちます(まさかねぇ)。
狭い中でいかに大きく動くか。
窮屈な感じを見ている方に
与えない様にどうするか。
本舞台とは違った演技演出に、
各町とも頭をひねる所です。

登場する人形は当然二体、
出しても三体が限界。
だからと言って鳴門にお七、
三番叟に壺坂ばかりでは
芸がない。
第一先程お話しした、
町と町との対抗意識が、
メラメラと燃え上がり、
とてもそれでは収まりません。

何か他町の上をいく新作を!
と相談を受けて、
私も無い知恵を絞ります。
この狭い山車の上で、
なんと太十、鎌三など
時代物の大曲や、
川幅のいる日高川を
上演しているのですから、
驚きでしょう。

勿論そこにはちょっとした
小細工・・・
いやいや工夫、
そう、創意溢れる「くふう」も
あるのですが。

今年の新外題は、
中新町の「袖萩祭文」。
頭を捻って実を結んだ
工夫の数々。
稽古を重ねた遣いと共に、
皆様ご期待下さいませ。

7時8時から
毎日二時間ほど、
みっちり練習した後は、
やっぱりこれこれ、
酒盛りタイム。
祭りに酒は切っても切れない、
必須アイテムでしょう。
この一杯の為に生きている、
そう言わんばかりの顔、顔、顔。

ふりかえれば十年前は、
稽古の前から赤い顔、
しっかり出来あがっている
お祭り野郎もチラホラと。
毎日稽古、
と言う事は、
祭りのひと月飲みっぱなし。
流石は名にし負う池鯉鮒の宿、
二年の稼ぎをひと月で、
きれいさっぱり飲み果たす、
お祭り男のDNAが、
伝え伝えて今の世まで、
しっかり息づいておりまする。

豊松清十郎

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[2012/04/27 17:00] | あせらず清十郎 | トラックバック(0) | page top
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