進退窮まった時こそ、怠けず。
続いて、「怠けず」です。
こちらの方は順風満帆、何でも思い通りに進むので
ついつい「ま、いっか」と、
適当な所で手を打ってしまい、
後でしっぺ返しを喰う、その戒めとして、
「好事魔多し」的に使うのだろうと、
思われるのではないでしょうか。

私の場合、これまた逆で、
「怠けず」は、
進退窮まった時の言葉なのです。

本来、文楽の人形遣いは、
舞台以外にあまり人形を持ちません。
三人遣いですので、
一人で持って得心していても、足、左の手伝いが付いた時、
人形を持つ時に一番大切な
「構え」、
つまり自分の姿勢が狂ってしまいがちで、
けして良い事ばかりではないのです。
その上、鏡の前でやっていると、
構えの崩れに加えて、
ついつい鏡に頼ってしまい、
いざ舞台に出て、鏡が無いと不安になり、
いつまでも自分の遣いに自信が持てません。

そしてもう一つ。
プロの人形遣いとして、稽古している姿を見せるのは、
褒められるどころか、
恥なのです。
普段は遊んでばかりいるように見せて、
急に抜擢されて良い役を頂いても、
涼しい顔で見事に遣いこなしてしまう、
それでこそ本当の人形遣い。
そんな美意識を持ち、
また見事に体現してしまう人ばかりなのです。

私もプロの端くれ、本当はそうありたい。
しかし、あまりにも理想と現実の差が大きすぎて、
格好つけてはいられない。
恥ずかしながら人形を持つしかありません。
しかし、いつまで持っていても、
出来ない、
形が見えて来ない。

「もうやめよう。
いくらやっても無駄だろう。
却って害になるばかりかもしれない。
また出来そうな時にやってみよう。」

そんな風に思った時、
「いやいや、これだけ不器用な人間が、そう人並みに掴める筈もない。
時間掛かっても、結果出なくても、
人形持っていれば、
胴串を握る力だけでも、強くなるかもしれない。
ダメでもともと。」
そう思い直して、また鏡の前へ。

少しでも前に進みたい、
でも、やり続けることに疲れてしまう。
そんな時のおまじない。
これが私にとっての「怠けず」なのです。

豊松清十郎

(「焦らず、怠けず、諦めず」その3)

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[2010/03/25 11:46] | なまけず一所懸命 | トラックバック(0) | page top
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