見飽きる事はありませんでした。(六月鑑賞教室御礼・其の二)
今回の勘平は、四人の役替わり。
他の方が遣っている間は、
勝手に人形に、触る事は出来ません。
私も文楽に入って、四十年。
勘平は、四年前に一度経験しているし、
これを機会に、一度挑戦してみよう、と
始まるまでは、一切持たない事にしました。

人形は持ちませんが、その代わり、
いつも以上に、
舞台は拝見しました。

勘十郎兄さんは、細かい所にまで、
気を配った役作り。
そして何と言っても、磨き上げられた、
遣いのテクニックの、見事さ。
徐々に徐々に追い込まれていく、
勘平の辛さ、心の動きを、
かしら、身体の倒し方の、
僅かな違いで、
見事に描き出します。

しかし今回は、前回に比べると、
その時々のリアクションを、
あえて抑えているような、
印象を持ちました。
細部を作り込み過ぎる事で、
人物が小さくなってしまう、
そこを恐れたのでしょうか。

役の性根を描き出す為に、
一度作りあげた物を手放して、
動ける所を、敢えて動かず、
所作を削ぎ落としていく。
勿論これも、技術、演技の引き出しを、
十二分に持っているからこそ、
削ぎ落とせるのですが。

その一方、技術の追求にも、
怠りはありません。
勘平が腹を突く場面、
普通は早めに、指革に手を通して、
準備をしておくのですが、
勘十郎さんはぎりぎりまで、
差し金を持ったまま。

あれで間に合うのか、
と危ぶんだ瞬間に、
素早く指を通して、刀を持ちます。
続いて物を持つからと、他の人なら、
指革に通したままで遣う所も、
こまめに、しかも手早く持ちかえて、
芝居を続けます。

こんな小さな所にも、手を抜かず、
いつも鍛錬を惜しまない。
勉強になります。

一方の玉女さんは、
無骨、不器用な、
野武士の様な勘平。
おかるの嘆き、姑の怒りに対して、
一々は反応しない姿に、
始め、何も考えていないかの様な、
印象を持つのですが、
ためてためて、ため込んだ勘平が、
腹を突いた後の、述懐の格好良さ。
耐えに耐えた悲しみが、
一気に伝わって来ます。

これが立役腹、
という物でしょうか。
自分の腹に、よほどしっかりと、
役の性根を据えておかないと、
ついつい周りの出来ごとに、
反応して動いて仕舞う筈。
役に対する組み立てが、
きっちり出来ていなくては、
こうは行きません。

又お二人共、毎日どこか細かい所で、
仕種や位置取りを、変えていたのが、
印象に残りました。

やがて本公演で、私の勘平はこれだ、
という物をお見せする為に、
鑑賞教室と言う舞台で、
水準は保ちながらも、
様々な演出を、試みる姿。
毎日見ていても、見飽きる事は
ありませんでした。

豊松清十郎

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[2011/07/05 15:15] | あきらめず文楽一途 | トラックバック(0) | page top
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