五月公演御礼・其の三
英兄さんは、
今からが大夫の旬の時。
大阪で一段、代役を勤められた時は、
気合いも入って、大熱演、
素晴らしい舞台でした。

しかし、今回の源大夫師は、
大きさが違いました。
浄瑠璃の間、骨組みが違うのです。
語りを載せる、器の違いと言うか、
切場を語るという事は、
こういう物なのだと、
初めて感じました。

遣っていると、
仕種がこせつかず、
自然とゆったり、大きく動いて、
恰も自分が、上手くなったように、
感じられるのです。
これは、その前「瀬尾十郎詮議」で、
住師匠の語りにも、感じました。

本来、
師匠が語る様な場ではなく、
仁惣太が帰った後、
葵御前が、舞台に登場する時、
語りの間の大きさに、
こちらの足取りが合わず、
戸惑いました。
いつもの大夫なら、
もっとサラサラ語るのに。
しかしこれは、自分の足取りが、
小さいから。

中日を過ぎると、これが心地良く、
感じられる様になりました。
曳き上げられた、手首を前に、
三人顔を見合す所も、
始めは間が持たず、辛く感じられたのが、
やがて、こちらの腹が出来てくると、
芝居のコクが感じられて、
難しいが、
何とも楽しい物に。

大きく語る、これは死に物狂いの、
長い長い修業を経た中で、
やっと、身に付く物なのでしょう。
切場と言う物の重さ、
浄瑠璃の大切さを、
改めて、身に沁みて感じた、
五月でした。

英兄さんも、今回の代役で、
大きな物を、掴まれた事と思います。
やがて、師匠方の様な、
立派な切場語りに。
私も、その浄瑠璃に負けない、
大きな遣いを目指して、
また励みます。

豊松清十郎

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[2011/05/29 18:25] | あきらめず文楽一途 | トラックバック(0) | page top
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