相生座公演は、今年が三回目。
相生座公演は、今年が三回目。
この座を訪れた、簑助師匠が、
「この小屋で文楽をやりたい」
とおっしゃったのが、始まり。
そのたった一言から、東京文楽会を主宰し、
様々な角度から、文楽を応援して下さっている、
(株)わいずの藤沢さんが、意気に感じて、
師匠の思いを形にするべく、勘十郎兄さんと共に頑張って、
公演開催にまで、漕ぎつけました。

師匠は今回、
釣女の醜女、吉田屋の夕霧、
そして、
寺子屋の千代の三役。
正に、奮闘公演です。

夕霧、千代の素晴らしさは勿論ですが、
ファンの方には、ご馳走役の、
醜女も気になるのでは?

私は、寺子屋の戸浪を務めます。
我が子を失う千代の悲しみは、大きいでしょうが、
身代わりの為に、
大切な他人の子供を、犠牲にしなければならなかった、
戸浪の辛さ、悲しみも深いと思います。

事あれば、源蔵と共に、
松王、玄番に斬り掛けてでも、
菅秀才を守ろうとする、
気丈な所もしっかり持っている。
その底には、夫源蔵に対する、
深い愛情があると思います。
そんな所も、見て戴けたら。

昔から、大好きな役なので、
また一つ、何かを掴めるように、
張り切って務めたいと思います。
もし、御覧頂けるお客様は、
これぞ本当の
「お芝居」、
存分にお楽しみ下さいますように。

豊松清十郎

にほんブログ村 演劇ブログ 古典芸能へ 豊松清十郎にご声援を!

テーマ:豊松清十郎 - ジャンル:学問・文化・芸術

[2010/05/28 21:45] | なまけず一所懸命 | トラックバック(0) | page top
何と何と、ゴルフコースのど真ん中に建っているのです。
東京公演が終わると、
相生座公演が待っています。
この相生座、
四国の内子座や金丸座、
熊本の八千代座などと同じく、
一時期廃れかけていた、古い劇場が見直され、
地元の皆さんに支えられて、
今では元気に活動している、
そんな芝居小屋の一つ。

しかしこの座には、
ここにしかない、
大きな特徴があります。
何と何と、
相生座はゴルフコースのど真ん中に建っているのです。
楽屋の裏には、ネットが張ってあって、
当然プレイヤーのボールも飛んできます。

天気が良いので、
お弁当を外で、
なんていう時にも、油断は出来ません。

でも、表に出ると、鳥のさえずりと共に、
緑の芝生の鮮やかさ、心地良さ。
ここの舞台に立たれた、歌舞伎の役者さん(確か勘三郎丈?)が、
「その昔、お客様は芝生に座って見物したので、
芝居という、言葉が生まれた。
これこそ真の芝居です」
とおっしゃったとか。

元来、岐阜県は、地歌舞伎が盛んで、
あちこちに、まだ古い小屋が残っています。
とは言え、今のご時世、伝統を受け継ぐ人の数も、
段々に減ってくるのは、当然の流れ。
一つ、また一つと消えていく、地芝居の灯を、消してなるものかと、
大の芝居好きのオーナーが立ち上がり、
廃座になっていた、二つの小屋を一つにして、
御自分のゴルフ場に移築、
相生座を作り上げました。

ただ、劇場を作っただけではありません。
美濃歌舞伎保存会を立ち上げ、
実際に地歌舞伎の公演を、毎年開催されています。

ここの座の役者さん達は、
ここ日吉カントリー倶楽部の、
従業員さん方、
というのも面白い所。
芝居に参加しないと、解雇!
なんてことになるのでしょうか?
まさかねぇ。

豊松清十郎

にほんブログ村 演劇ブログ 古典芸能へ 豊松清十郎にご声援を!

テーマ:文楽 - ジャンル:学問・文化・芸術

[2010/05/26 22:10] | あきらめず文楽一途 | トラックバック(0) | page top
千秋楽限定のイベント「人形つぶし」です。
千秋楽ならではの、イベントをご紹介です。
「人形つぶし」の一幕を、
どうぞ、心ゆくまでご堪能ください。

ボテ
↑これがボテ(行李)です。

衣装部の池上通子さん
↑池ちゃん事、衣装部の池上通子(いけのうえみちこ)さんです。

連獅子が終わって
↑さあ連獅子が終わって。

人形つぶしの始まり
↑人形つぶしの始まり始まり。

人形つぶしの真っ最中
↑砂糖に群がる蟻のようです。

糸屑とっています
↑糸屑もきれいに取って。

僅か五分で終了
↑作る時には三時間。つぶすとなったら、僅か五分でこの通り。

豊松清十郎

にほんブログ村 演劇ブログ 古典芸能へ 豊松清十郎にご声援を!

テーマ:文楽 - ジャンル:学問・文化・芸術

[2010/05/25 19:47] | あきらめず文楽一途 | トラックバック(1) | page top
胴串を握る手に、力が伝わるようになったのが、収穫でした。
五月公演も無事、千秋楽を迎えさせて戴きました。
二月に引き続き、又、大入り袋が配られる、大盛況。
皆様、ありがとうございました。

五月公演・大入り袋
↑今月も出ました。大入り袋です。

振り返ると、今回の舞台は、
客席のお客様の反応が、とても良かったと思います。
「金閣寺」の大仕掛けに、どよめきの声、
「野崎村」のお光の母の嘆きに、すすり泣きの声、
しかし、それにも増して今月は、東京には珍しく(?!)、
お客様の笑い声を、耳にする機会が多くて、
嬉しく感じました。

文楽公演ですと、特に東京のお客様は、
控えめな反応になるのが常。
他のお芝居なら、自分のスタイルで、
泣いて笑って、入場料分、
思いっ切り楽しまれるでしょうに。

文楽になると、控えてしまうのは、
伝統芸能や世界遺産という文句に、
引きずられてしまうのでしょうか。
特に、悲劇が中心の文楽では、
大笑いするのが、難しそう。
「プッ」と噴きだす前に、まず周りを見回してから、
というような、微妙な間を感じます。

それが今回は、思わず引き込まれて、
という自然な笑い声が、どのお芝居に限らず、
生まれていました。
お客様の、素直な反応を、引き出せたという事は、
語り、演奏、遣いが良かったという事か、
と、演者も安心して、更に力が出せます。
何より、舞台と客席の一体感。
演者も観客も、どんどん盛り上がる、あの快感。
どうぞこれからも、肩書に惑わされず、
鑑賞や勉強という、縛りは捨てて、
心ゆくまで、泣き、笑って戴けたら、と願っています。

私自身としては、四月から引き続いての立役。
僅かながら、また少し、胴串を握る手に、
力が伝わるようになったのが、収穫でした。
若男の柔らかさを出すのにも、
しっかり胴串が、握れてこそ、と実感しました。

お染、久松と呼ばれますが、
けして久松は主役ではありません。
周りの人物の、芝居を受ける役回り。

今回、長時間出続ける、という経験と共に、
受けの芝居を、勉強させて戴きました。
相手を活かして、自分も活きる。
先日も書きましたが、こういう役どころ、
私には向いているようです。

二枚目は、まず出てきただけで、
「素敵!」と感じさせる、スタイルも大切。
次回があれば、形を磨いて、
お客様に、理屈を超えて、愛して戴ける、
久松を目指したいと思います。

連獅子は力不足。
三人の絡みも、
もっと出来た筈ですし、
真ん中でドーンとしている、
雄獅子の存在感が弱いので、
他の二人に、迷惑をかけました。
「拍手したいのに、あーあ歯痒い!」
という感じが、客席からも伝わってきて、
不完全燃焼のお客様には、申し訳なく、
反省ばかりでした。
こちらも、次があるならば、
是非、雌獅子を遣ってみたい物だと、
思っています(って、全然反省になっていません)。

公演中、このブログにも、
たくさんのご声援を戴き、
大変励みになりました。
舞台の事でしたら、幸いネタは無尽蔵。
これからも、思いつくままに、お伝えして参ります。

最後に、おまけとして、
千秋楽ならではの風景を、
少しばかり。

つい今しがたまで、舞台で活躍していた人形が、
あっという間に、解体されていきます。
これを、人形をつぶす、と言います。
衣装部さんが、手際良く、
行李(文楽ではボテと呼びます)に詰めて、
今夜の内に、トラックで大阪へ。
明日は、文楽劇場に、里帰りです。

この後、私は相生座、
そして六月の、鑑賞教室と続きます。
皆様も、どうぞお元気で。

豊松清十郎

にほんブログ村 演劇ブログ 古典芸能へ 豊松清十郎にご声援を!

テーマ:豊松清十郎 - ジャンル:学問・文化・芸術

[2010/05/25 09:35] | なまけず一所懸命 | トラックバック(0) | page top
九月公演の配役が出ました。
第一部、
「鰯売恋曳網」けいせい蛍火実ハ丹鶴城の姫
第二部、
「勢州阿漕浦」代官奥村兵庫
を遣わせて戴きます。

特に一部の鰯売は文楽初演。
歌舞伎をお好きなお客様から、
「ハッピーエンドの幕切れがさわやかで、
大好きなお芝居です」
という声を聞きました。それも、何人も。
相手役の猿源治は、勘十郎兄さん。
今から、楽しみです。

豊松清十郎

にほんブログ村 演劇ブログ 古典芸能へ 豊松清十郎にご声援を!

テーマ:豊松清十郎 - ジャンル:学問・文化・芸術

[2010/05/22 07:26] | あせらず清十郎 | トラックバック(0) | page top
浅草雷門の段について、お聞かせしたい事が。
早いもので、
五月公演も、終盤に差し掛かりました。
今月は、
時代物の大曲、「金閣寺」、
世話物の定番、「野崎村」、
歌舞伎ではお馴染の、「連獅子」など、
これぞみどり狂言という、
バラエティに富んだ演目立てで、
お楽しみいただけた事と思います。

長時間の大曲が、並ぶ中で、
小品ながら、ちょっと、小粋な匂いのする、
「浅草雷門の段」、
今日は、その段について、
お聞かせしたい事が。

この場では、
手品師豆造ことどぜう(と書くと、山盛りのネギに、山椒をたっぷり振りかけた、
某駒形○○○の、丸鍋が、浮かんできますが)
が、小悪党勘九郎を懲らしめるのに、
お地蔵さんに化けて、大活躍を致します。

手品師豆造ことどぜう
↑手品師豆造ことどぜうでござります

どぜうの衣の着せ方にも個性がある
↑この衣の着せ方にも、人形遣いによって、個性が。

その冒頭、皆様の前で、鮮やかに手品をご披露。
連日、拍手喝采をいただいております。
その時に、どじょうが繰り出す名調子、
「サアテお集まりの皆々様、
手品を一つ御覧に入れませう」
からの口上、実は三輪さん、
今公演では、連獅子の雌獅子を語られている、
竹本三輪大夫さんの、作なのです。

手品のタネです
↑手品のタネです。勘十郎さん以上に、凝り性の簑二郎君。手品も更にパワーアップ。本当は、こちらもたっぷり、御紹介したかったのですが。手前の扇は、[ナンセンス]という扇子です。

これも手品のタネ
↑これも手品のタネ。「浅草奥山花盛り、今を見頃の花畑とござりまする」ここから、お花が。

今を去る事三十年前、昭和56年、
現勘十郎、当時の簑太郎兄さんに、
どじょうの役がつきました。
それまではせりふも無く、ごく簡単に、
手品らしき物を見せて、済ませていたのですが、
それでは納まらぬ、サービス精神たっぷりの兄さん、
高島屋の手品売り場で、手品の種を、
山の様に買い込んできました。
じっくり考えて、しっかり段取りは出来ましたが、
口上なしでは、あまりにも寂しい。
その時に、端場を語る事になったのが、三輪さん。
勘十郎さんから、手品の段取りを聞いて、
即座に拵え上げたそうです。

手品のタネを持ち帰る紙袋
↑手品のタネを持ち帰る紙袋。今日は三越ですか。

「花の吉原随一の、今を盛りの宮城野太夫、
その大輪の花をもしのぎたる、
見事な花をさかせませう」
「その次は美しく、一度に咲いたる八重桜、
浅草奥山花盛り、今を見ごろの花畑とござりまする」

いやいや見事な物。
某、都の西北大の、文学部を卒業された、
というのも宜なるかな、でしょう。
丁度その頃、東京公演では、浅草田原町に、
アパート住まいをされていた、というのも不思議な偶然。
花の吉原の光景が、目の前に浮かんだのでしょうか、ね。
それにしても、あまりに見事な出来映えに、
お客様誰ひとりとして、この部分が昭和の作とは、
気付かれなかった事と、思います。

いつもニコニコ三輪大夫
↑いつもニコニコ。柔和な三輪さんです。

三輪さんが語られて、四半世紀が過ぎ、
この端場も、たくさんの若い大夫さんが、勤めました。
原作者(?)の三輪さんですが、
「一銭もいただいておりません」
と、ニッコリ笑顔で話して下さいました。
けして、プログラムに
「竹本三輪大夫 補綴」
と載る事はありませんが、今や床本にも刷られ、
字幕にも、一言一句まで登場する、どじょうの口上。
生みの親としての、三輪さん、
そして勘十郎さんの喜びは、
実の子を見守る、親の気持ちにも、通じるものが、
あるのかも知れません。
次回、また雷門が上演される際には、
こんな事にも、思いを馳せてみては、如何でしょうか。

豊松清十郎

金閣寺のネズミさん
↑おまけです。可愛かったので、何となく、金閣寺のネズミさんもです。

かわいい金閣寺のネズミさん
↑ほんと、可愛いいですね。

にほんブログ村 演劇ブログ 古典芸能へ 豊松清十郎にご声援を!

テーマ:文楽 - ジャンル:学問・文化・芸術

[2010/05/21 09:19] | あきらめず文楽一途 | トラックバック(1) | page top
大根は、小道具さんの担当です。(5月公演トリビア・その2)
野崎村と言えば、お大根。
どんなスーパーでも、手に入りそうですが、
これが曲者。
今、葉の付いた大根など、どこの店に行っても、
御目には掛かれません。

大根
↑丸々とした大根です。

そこで小道具さん、
劇場の食堂に出入りの八百屋さんに、
特別にお願いしているそうです。
天候不良で、急に大根が出荷停止、ということも考え、
楽日までの分は確保して、
只今、食堂の冷蔵庫で、
出番を待っている、との事でした。

昔、小道具方に、器用な方がいらっしゃって、
舞台で使った後の、大根が勿体無いと、
浅漬けを作って(しかも小道具の包丁で!)、
振舞って下さいました。
あの時の味を、今も懐かしく、思い出します。

箒と鏡台
↑箒や鏡台も。出を待つ小道具達です。

まだご紹介していないお芝居も、
見どころ、聞きどころたっぷり。
五月公演、面白い、とっても面白いです(しつこい!)。
まだ、平日はお席も御座います。
まだ御覧でないお客様は、ぜひ、
もうご覧いただいたお客様は、もう一度、
満開のつつじ、
さつきも美しい国立劇場へ、
お越し下さいますように。

豊松清十郎

にほんブログ村 演劇ブログ 古典芸能へ 豊松清十郎にご声援を!

テーマ:文楽 - ジャンル:学問・文化・芸術

[2010/05/19 09:56] | あきらめず文楽一途 | トラックバック(0) | page top
野崎村は、やっぱり良い物です。
さて久松。
「野崎村」を、完全な形で遣わせて戴くのは、初めてですが、
「やっぱり良い物だなぁ」と、しみじみ感じます。

子供の時から親代わり、真実親身に、
身の上を案ずる、久作、
幼馴染、兄妹のように育ち、喧嘩もするけれど、
想いは深い、おみつ。
死の床に臥せりながら、おみつとの祝言を、
たった一つの楽しみに、命を繋いでいる、おみつの母。
我が儘だけれど、心の中は、久松命、
ただもう、一途、一筋のお染、
女ながらも、大店の主、久松の身の上、娘の恋も想いも、
全て呑み込んだ上で、二人を見守る、お勝。
久松を巡る、それぞれの人物の心情が、次々に伝わってきて、
考えたら二時間近く、ほとんど出ずっぱりなのですが、
その長さを、少しも感じません。

他の人形の見せ場でも、気の緩む所がありません。
ただ、お芝居の趣向として、動いているのではない、
魂を持った人間として、それぞれの役の思いが、
心に響いてくるのです。
これは勿論、綱、住、両師匠が語られている、という所も、
大きくそこに与っていると思います。
玉男師匠がいつでも、
「文楽は浄瑠璃や」
とおっしゃいましたが、正にその通りです。

「油屋」は、東京では久し振りの上演。
こちらは、
「野崎」に比べると、趣向が中心のお芝居。
人物関係も複雑なので、
「ちょっと分かりにくい」、
とお感じの方も多いか、と思います。
正直、遣っている方も、
「あれ? この起請文は、どこから出てきたんだっけ」
などと思って、本を読み直す事も、度々ですから。

昨年、やはり
「野崎村」、「油屋」と、
続けて久松を遣われた、玉女さんに、
「久松、長いでぇ」と言われました。
確かにここまで遣って来ると、
下駄を履いた足にも、身が入って、
「なるほど、こりゃ、値打ちあるは」と感じます。

小判を隠した冷や飯を、勘六に食べられかけて、
大慌てに慌てる小助など、退屈する所は無い筈なのですが。
やはり、こちらは「野崎」と逆に、趣向中心に筋を運ぶので、
そこに関係しない人物は、気楽なのかも知れません。
と言いましても、あくまでこれは、
久松を遣う私の、勝手な思いだけで、
けっして「油屋」がつまらない、
という事では御座いません
「歌祭文見るのは、やめておこうか」
などと思われませんように。
面白い、とっても面白いお芝居です。

遣いとしては、
姿勢の良さに加えて、
若男のやわらかさを、どうしたら出せるか。
そんな遣いの技術、テクニックに加えて、
どんな風に表わすのか、という表現の面。
女形になってはいけないし、
子役に近い、儚さ、頼りなさも出したいし、
でも、すっきり二枚目の、カッコ良さが消えてはいけないし、
と、楽しく悩んで、務めております。
とっても遣り甲斐のあるお役、
四月に続いて、この公演も、
気が付けば今日は楽日、
というような、嬉しい事になってくれそうです。

豊松清十郎

にほんブログ村 演劇ブログ 古典芸能へ 豊松清十郎にご声援を!

テーマ:豊松清十郎 - ジャンル:学問・文化・芸術

[2010/05/17 20:48] | なまけず一所懸命 | トラックバック(0) | page top
涼しい顔の誇り高き裏方さん達。(5月公演トリビア・その1)
今回、昼夜の入れ替えは、30分もありません。
初日から暫くは、
昼の部が予定よりさらに遅くなり(これを「時間が押す」と言います)、
20分少々。
「こりゃあ、休憩より短いがな」という声が、
楽屋中を飛び交っておりました。

出入りをされるお客様も、慌ただしい事で、
申し訳なく、思いますが、
何と言っても大変なのが、大道具さん達。

連獅子など舞踊物は、前後を大きく使えるよう、
通常30cm程掘り下げている、
「船底」
という、文楽独特の舞台機構を、使わないのです。
これを、平舞台(ひらぶたい)と言います。

船底
↑これが船底です。金閣寺で散らした、桜の花びらを、掃除中です。

大阪の文楽劇場ですと、船底が上手から下手まで、
舞台間口いっぱいの、長ーい大迫りになっていて、
ボタンひとつで、昇降します。
しかし、半世紀近くも以前に開場した、小劇場には、
そんな便利な仕掛けは、ありません。
大道具さん達が、平台と箱馬で、
えっちらおっちら、埋めていくのです。
箱馬
↑これが箱馬。実は船底用に、ちょっとミニサイズになっています。

平台
↑この平台を敷き詰めます。上に載っているのも、やはり箱馬。置く場所が直ぐに分かるよう、紅白に塗り分けてあります。

夜の部始まりの狂言が、比較的シンプルな、
「野崎村」だったから、良かったものの、
仕掛けたっぷりの、
「金閣寺」だったら、どうなっていた事やら。
いやいや、以前もお話しした、
誇り高き裏方さん達。
きっと、涼しい顔で、間に合わせてしまう事でしょうね。

豊松清十郎

にほんブログ村 演劇ブログ 古典芸能へ 豊松清十郎にご声援を!

テーマ:文楽 - ジャンル:学問・文化・芸術

[2010/05/15 11:22] | あきらめず文楽一途 | トラックバック(0) | page top
連獅子には、一人では味わえない達成感が待っています。
爽やかな五月晴れの中、初日を迎えた五月公演も、
あっという間に、半ばに差し掛かりました。
「えっ、もう、そろそろ半分か!」
というのが実感ですが、
つまりはここまで、時の経つのも忘れて、
舞台に没頭できていたという事。
とっても幸せな事、有り難い事です。

と書くと、順風満帆のようですが、
いつもながらの、悪戦苦闘の日々に、
少しも変わりは御座いません。

雄獅子の役、二回目という事で、
前より楽になるのでは、
と皮算用しておりましたが、なんのなんの、
重たいです・・・
毎日、
「これで毛振りまでもつだろうか‥」
「後半、出て来なかったら、お客様びっくりだろうな」
などと思いつつ、務めております。
その辺の心の葛藤を、
顔には出さず、
涼しい顔で、
と言い聞かせてはいますが、
必死の形相に、なっている事と思います。

連獅子かしら
↑連獅子ファミリーです

連獅子かしらアップ
↑さすがに親子。子獅子と雌獅子、良く似ています。区別が・・・

この連獅子で、一番苦心するのは、
三人の絡みです。
普通は踊り物の構成と云うと、
登場してまず一緒に踊り、
続いてA、それからBと、
それぞれが一人ずつ、良いところを見せて、
最後にまた、仲良く連れ舞いで幕、
というのが大体の流れ。
今回の団子売も、そうなっていますね。
これが、妹背の道行のように、登場人物が三人になっても、
基本的には、変わりません。

雄獅子
↑雄獅子です。

ところが、今回の連獅子は、
三人が最後まで、複雑に絡み合い、
「はい、ここからここまで、あなたはお休み、横で見ていてね。」
というような所が、ほとんどありません。
一人踊りなら、少々振りが遅れても、
それは自分の責任。
途中で流れに戻すのも、比較的楽な事。

しかし、連獅子で一人が遅れると、
他の二人も遅れて、大迷惑。
自分だけの事、では済まされません。

ただ振り事だけでなく、居所も三人で、
複雑に変わります。
ある文句の時に、
一人がA地点にいてくれないと、
他の二人は、右往左往。
遣いながら、二人の動きを追うのに、
目が三つも四つも、欲しい位です。

勿論それだけ、振付が素晴らしく、
良く考えられている、という事でもありますが、
務める方は、気を抜く所がありません。
ましてや、子獅子の清三郎君は、初役。
遣いと共に、合わせる事の気疲れ、大変だと思います。

扇
↑扇はカラフルな揚羽蝶。素敵でしょう。

今回のトリオも、ようやくここ何日か、
息が合いだしまして、ホッとしたのも束の間、
後半はお母さん(雌獅子)が、これも初役の、
勘彌君に替わります。
彼は今、二郎(簑二郎)さんの左を遣っていて、
毎日、息を計って、準備は怠りないのですが、
首を持てば、また別物。

後半は、また仕切り直し、
緊張の緩む事が無いのは、良い事・・・
なのでしょう・・・

三人がお互いを考えて、励まないといけない難しさ、
でもきっとその分、
一人では味わえない、
達成感が待っている筈。
そんな喜びを期待して、今日も舞台に向かいます。

牡丹
↑牡丹の花が咲き乱れています。

ほんの近況の積りが、
結局また長くなってしまいました。
久松や、今回のトリビアは、又改めて。

豊松清十郎

にほんブログ村 演劇ブログ 古典芸能へ 豊松清十郎にご声援を!

テーマ:豊松清十郎 - ジャンル:学問・文化・芸術

[2010/05/14 18:10] | なまけず一所懸命 | トラックバック(0) | page top
| ホーム | 次のページ>>