スポンサーサイト
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
[--/--/-- --:--] | スポンサー広告 | page top
皆さんの励ましに応えるために、諦めず。
そして、「諦めず」。
元来、諦めは良い方だと思います。
財布を落としても
「ま、命落とした訳じゃないし」。
こだわりも特に無く、
「何か御趣味は?」
と聞かれても、いつも返答に困ってしまいます。

そんな私が、文楽だけは諦めずにやり続けてきました。

どの世界でも、一流と呼ばれる人は、
その世界に入る為に、
生れてきたような人が多いように思います。
だからそういう方は、インタビューなどでも、
「やめようと思った事ないですね」
と大抵の人が答えています。
私は・・・
「文楽人生」。
今に至るまで、いつやめようかと、
そのタイミングを、ずっと探っていたような気がします。

子供の時から、手先が不器用で、
図工でも「3」以上取った事がありません。
文楽も、見るだけにしておけば良かったものを、
やりだしたのが大きな間違い。
大好きなものだけに、
自分が舞台に立つ事で、
文楽の水準を下げるのが、辛くて辛くて。

お客さんに
「文楽は素晴らしいものですよ」
と言いたくても、
自分の人形がこれでは、とてもとても。
一文楽ファンに戻れたらと、ずっと思っていました。

そんな私が、なぜやってこれたのか?
御縁だと思います。
まるで父親のように可愛がって下さった、
四世清十郎師匠。
どーんと腰据えて見守って下さった、
二世勘十郎師匠。
清十郎を名乗れる日の来るようにと、教え導いて下さった
簑助師匠。
ここという時に、声をかけて下さる、
師匠、兄さん方。
そして何といっても、力のない私を、
客席から温かな声援で支えて下さった、
たくさんのお客様。

皆さんの励ましに、
「少しでも応えなくては」
という思いで、ここまで続ける事が出来ました。
私の「諦めず」の中には、
大勢の方から頂いた御恩が、
いっぱい詰まっています。
感謝の気持ちが、一番大切。

「ありがたい」と、素直に思えた時は、
「やるぞ!」と、力が湧いてくるのです。
感謝と共に、あきらめず。
これが私の幸せ、喜びです。

「焦らず、怠けず、諦めず」
三つの言葉をつぶやきながら、
これからも、いつまでも、
歩み遅くとも、一歩ずつ進んでいきたいと、思っています。
どうぞ、宜しくお願い致します。

豊松清十郎

(「焦らず、怠けず、諦めず」その4)

にほんブログ村 演劇ブログ 古典芸能へ 豊松清十郎にご声援を!
スポンサーサイト

テーマ:豊松清十郎 - ジャンル:学問・文化・芸術

[2010/03/29 08:48] | なまけず一所懸命 | トラックバック(0) | page top
進退窮まった時こそ、怠けず。
続いて、「怠けず」です。
こちらの方は順風満帆、何でも思い通りに進むので
ついつい「ま、いっか」と、
適当な所で手を打ってしまい、
後でしっぺ返しを喰う、その戒めとして、
「好事魔多し」的に使うのだろうと、
思われるのではないでしょうか。

私の場合、これまた逆で、
「怠けず」は、
進退窮まった時の言葉なのです。

本来、文楽の人形遣いは、
舞台以外にあまり人形を持ちません。
三人遣いですので、
一人で持って得心していても、足、左の手伝いが付いた時、
人形を持つ時に一番大切な
「構え」、
つまり自分の姿勢が狂ってしまいがちで、
けして良い事ばかりではないのです。
その上、鏡の前でやっていると、
構えの崩れに加えて、
ついつい鏡に頼ってしまい、
いざ舞台に出て、鏡が無いと不安になり、
いつまでも自分の遣いに自信が持てません。

そしてもう一つ。
プロの人形遣いとして、稽古している姿を見せるのは、
褒められるどころか、
恥なのです。
普段は遊んでばかりいるように見せて、
急に抜擢されて良い役を頂いても、
涼しい顔で見事に遣いこなしてしまう、
それでこそ本当の人形遣い。
そんな美意識を持ち、
また見事に体現してしまう人ばかりなのです。

私もプロの端くれ、本当はそうありたい。
しかし、あまりにも理想と現実の差が大きすぎて、
格好つけてはいられない。
恥ずかしながら人形を持つしかありません。
しかし、いつまで持っていても、
出来ない、
形が見えて来ない。

「もうやめよう。
いくらやっても無駄だろう。
却って害になるばかりかもしれない。
また出来そうな時にやってみよう。」

そんな風に思った時、
「いやいや、これだけ不器用な人間が、そう人並みに掴める筈もない。
時間掛かっても、結果出なくても、
人形持っていれば、
胴串を握る力だけでも、強くなるかもしれない。
ダメでもともと。」
そう思い直して、また鏡の前へ。

少しでも前に進みたい、
でも、やり続けることに疲れてしまう。
そんな時のおまじない。
これが私にとっての「怠けず」なのです。

豊松清十郎

(「焦らず、怠けず、諦めず」その3)

にほんブログ村 演劇ブログ 古典芸能へ 豊松清十郎にご声援を!

テーマ:豊松清十郎 - ジャンル:学問・文化・芸術

[2010/03/25 11:46] | なまけず一所懸命 | トラックバック(0) | page top
四月公演について、ちょっとお話しましょう。
急に暖かくなって来ました。
実は、幸助君に続いて、
10日から18日まで、ギオンコーナーに行っていましたが、
玄関の所の桜がちらほら綻んでいました。
巡業組と離れ、のんびりさせて貰っている内に、
いつの間にか春はやってきたようです。
気がつけば、四月の公演も目の前。
そうのんびりばかりは、していられません。
気合い入れ直して、徐々に本公演モードに戻る為にも、
四月公演について、ちょっとお話しましょう。

今回の演目、「妹背山婦女庭訓」は、皆様御存じの、
大化の改新が描かれています。
合作の為か、近松半二の作品にしては、割と素直なストーリー展開で、
半二お得意の「じつは何某」と云う役もぐっと少なく、
分かりやすいと思います(あくまでも、比較的ですが)。

蘇我入鹿を倒す為、
苦闘する藤原鎌足、淡海親子と、
それを支える人々を描いた作品ですが、
その場面となるのが、
奈良県北部、中部、南部と、
「観光協会の回し者か!」
と、突っ込みたくなる位の、気配りです。

本筋はキープしながら、
興福寺の十三鐘伝説や、
大神神社(オオミワと読むんですよ)のお三輪伝説など、
各地の説話、伝説を見事に取り入れ、
せんとくんも泣いて喜ぶ、
現代ならば、旅グルメ二時間ドラマ、ともいうべき作品です。
この辺、国立劇場の、文化デジタルライブラリー、
その中の「舞台芸術教材3」に、詳しーく説明が御座いますので、
パソコンお持ちの方は、是非、ご覧になってみて下さい。

視覚的には、
何と言っても「山の段」。
舞台の下手にも床を設けた、両床の形。
大夫の語り、三味線の音色がステレオで聞こえてくるのです。
女の館、太宰家が下手、
大判事清澄、久我之助親子の男性陣は、上手にいて、
真中には、吉野川が流れています。
つまり、舞台を見ている皆さんは、
川の中にいるという事。
このあたりの構想にも、本当に感心してしまいます。
私の出演する、芝六住家についても、いっぱい触れたいのですが、
長くなりましたので、また改めて。

「妹背山」、通しで上演は、おそらく十年に一度。
是非是非、ご覧くださいませ。

豊松清十郎

にほんブログ村 演劇ブログ 古典芸能へ 豊松清十郎にご声援を!

テーマ:文楽 - ジャンル:学問・文化・芸術

[2010/03/23 22:28] | あきらめず文楽一途 | トラックバック(0) | page top
身の程を知る、足るを知る、だから、焦らずなのです。
先ずは、「焦らず」からです。
「焦るな!」と聞くと、
頑張っても結果が出なかったり、
なかなか目に立つ役がつかなかったりと、
舞台人生の中の辛抱どき、
我慢の時に出てくる言葉と
思われる方が多いのではないかと、思います。

しかし、私の「焦らず」は、
調子の良い時の戒めなのです。
舞台に立たせていただく中で、
時には自分の力以上のものが出せたり、
ずっと出来なくて、思い悩んでいた振りが、
ふっと遣えたりする、
嬉しい瞬間があります。
そんな時は、
急に上手くなった様な気がして、
喜びにググッと上がったテンションの中で、
「もっと上手くなりたい、ここでもう少しやれば」と
焦りの中で人形持ってみても、
それ以上は結果が出ず、苛立つ事が度々でした。
そんなに簡単に答えは出てこない事は、
分かっている筈なのに。
折角、何かを掴ませて頂いた、
その喜び、
幸せの方に目が向かず、
出来ない事ばかりに捉われていたのです。

向上しようという、意欲、気力は大切ですが、
その為に
「ああ、嬉しい」という喜び
「有り難い」という感謝の気持ちを失っては、
何にもなりません。
結果にばかり捉われて、
舞台を楽しめなくなってしまっては、本末転倒。
つまりは、大きな勘違いをしているのです。

良い意味で、
身の程を知る、足るを知る、という事の大切さ。
それを思い出す為に、
忘れない為に、舞台で良いことがあった日は、
「焦らず」と呟いてみるのです。

豊松清十郎

(「焦らず、怠けず、諦めず」その2)

にほんブログ村 演劇ブログ 古典芸能へ 豊松清十郎にご声援を!

テーマ:豊松清十郎 - ジャンル:学問・文化・芸術

[2010/03/22 09:46] | なまけず一所懸命 | トラックバック(0) | page top
兄さんたちの思いをしっかり受け止め、生きていきたいと思います。
玉松兄さんが亡くなりました。
三月は、玉英さんに続いての訃報、
残念です。

兄さんは、紋十郎一門で、私とは叔父、甥の関係になります。
入った時から可愛がって頂き、
あちこちの個人的な仕事にも、
声を掛けて貰いました。
子供の頃は、子役で芝居にも出ていたという、兄さんに相応しく、
あの頃、超売れっ子だった、花登筐さんのお芝居にも、
人形遣いだけで無く、
台詞をもらって、役者としても登場されていました。
子役仲間だったという、
金田龍之介さんと、
とっても親しくお話しされていたのを、覚えています。
実際、役者になっても不思議はない位、いい男、男前でした。

兄さんからは、いつも芸人のオーラが漂っていました。
とっても大胆な色遣い、デザインの洋服でも、
見事に着こなしてしまいます。
和服姿がこれまた粋で、
ざっくりと浴衣を羽織った姿は、
我々にはとても真似の出来ない、生粋の芸人の物でした。

立役遣いとしては、躰<からだ>はけして、大きくはありませんでしたが、
二枚目だけでなく、荒物も遣われました。
そして、三枚目。
とにかく陽気で、積極的で、失礼ですけどおっちょこちょい。
いつも楽屋の人気者でしたので、遣われるチャリの人形も、
何とも言えない可笑しさがあって、
お客様だけでなく、
楽屋内の人形遣いも、思わず噴き出す事が、度々でした。

玉松という名前は、吉田玉蔵という大名跡の前名で、
兄さんにとってはお父様の名前でもあり、
紋彌から玉松を襲名された後も、更に玉蔵を名乗るべく、
頑張っていらっしゃいました。
それが、体調を崩し、引退という事になり、
千葉県の館山に落ち着かれました。
海が見える小高い山の上にある、素敵なログハウスでしたが、
楽屋育ちの兄さんには、少し寂しかったかも知れません。

玉英さんに続いて、思いを残して亡くなる人が、また一人。
御冥福をお祈りすると共に、
兄さんたちの思いをしっかり受け止め、
今、舞台に立てる喜びをかみしめて、
生きていきたいと、思います。

豊松清十郎

にほんブログ村 演劇ブログ 古典芸能へ 豊松清十郎にご声援を!

テーマ:文楽 - ジャンル:学問・文化・芸術

[2010/03/20 12:21] | あきらめず文楽一途 | トラックバック(0) | page top
心から感謝いたしております。(「焦らず、怠けず、諦めず」その1)
気が付くと、
ブログを始めていただいて早ひと月近く。
その間、思いがけず、
たくさんの皆様にご覧いただき、
心から感謝いたしております。

さて、このブログの表題、
「焦らず、怠けず、諦めず」を御覧になって、
何のこっちゃ?
と思われた方が大半ではないでしょうか。
当然です。
これは、私が文楽をやっていく中で、
大切だと思った事を、
繰り返し繰り返し、
いつでもどこでも、
思い出せるように編み出した、
云わば呪文のようなもので、
一応、私のオリジナルですので、
どんな名言辞典にも載っておりません。
ブログを立ち上げてくださった方に、
「座右の銘はありますか? ブログの題にしようと思うので」
と聞かれて、つい漏らしてしまいましたが、
勿論、
これまでは門外不出、秘伝直伝でした(大層な)。
折角ならつぶやき易くする為、
「焦らず、慌てず、諦めず」の様に
頭の字を揃えたかったのですが、
ただその為だけに言葉を選ぶのもどんなものか・・・
結局、今の形になりました。
でも何とか韻は踏んでいるでしょう。

さて、そのココロは?
という所ですが、
それでは、これらの言葉に込めた
私の思いを語らせて戴きます。
「そんな事より、文楽のことを!」
という方が大半とは承知しておりますが、
私の文楽に対する、基本的な姿勢にも、関わるかと思いますので、
暫くの間お付き合いの程を、お願い申し上げます。

豊松清十郎

(「焦らず、怠けず、諦めず」その1)

にほんブログ村 演劇ブログ 古典芸能へ 豊松清十郎にご声援を!

テーマ:豊松清十郎 - ジャンル:学問・文化・芸術

[2010/03/17 18:56] | なまけず一所懸命 | トラックバック(0) | page top
紋寿兄さんの三枚目は、それぞれの役の心が伝わってきます。
さて、紋寿兄さんにお福首とくれば、一番に思い出すのが
「伊勢音頭」のお鹿です。
このお鹿さん、
貢(福岡貢ふくおかみつぎ)に思いを寄せている所を、
仲居の万野の悪だくみで、
ありもしない主人公の貢からの無心の手紙を信じ込み、
まさに、字義の通り、貢に貢ぐのですが、
他の方だと、そこをオーバーに面白く動いて、
「お客様の笑いを取る」
という処に、ポイントを置いた遣いです。

ところが、紋寿兄さんのお鹿は、
先ず、とにかく可愛らしいのです。
商売の為ではなく、
もうただ一途に貢に惚れこんだお鹿の心がいじらしく、
器量でお紺を選び
「あた穢いあのお鹿」だの
「そちらに無心いうようなおれぢゃないわい」と言って、
お鹿の鼻面を扇子で叩く貢が、憎らしく思えてきます。
貢に叩かれ鼻血を抑えながら駆けこむお鹿の姿に、
大笑いしながらも
ふと涙がにじんできます。
最後に貢に斬られるお鹿の姿が哀れで悲しくて・・・
そう感じられたお客さまは、
とっても多いと思います。
兄さんの三枚目は、
鎌倉三代記のおらちにしても、
釣女の醜女にしても、
ワンパターンでなく、それぞれの役の心が伝わってきます。
一役一役、みんな違うのです。

型に嵌めて楽をするのではなく、
役の人物を考えて、丁寧に遣う。
このとっても大切な事を、
兄さんのお福さんを見る度に、思い出させて戴いています。

でも、そんな理屈は兎も角、
あんなに可愛い、面白い、素敵なお臼が遣えたら・・・
それが、わたしの果てのない願い、憧れです。

豊松清十郎

(2010年3月・「ふれあい文楽・ヴィアーレ座」あれこれ・その5)

にほんブログ村 演劇ブログ 古典芸能へ 豊松清十郎にご声援を!

テーマ:豊松清十郎 - ジャンル:学問・文化・芸術

[2010/03/14 09:48] | なまけず一所懸命 | トラックバック(0) | page top
「お臼」と聞くと、何といっても紋寿兄さんです。
今回、団子売り1) のお臼を遣わさせて頂くのですが、
「お臼」と聞くと、
思い浮かぶのは、何といっても紋寿兄さんです。

団子売りではまず二人で踊り、
それから杵造、
続いてお臼が、
それぞれ一人で踊ります。
その時にお臼が面をつけたという心で、
首<かしら>を、
娘から、手拭いを被ったお福2) に、差し替えて遣います。

この後半部分、
兄さんが遣われると、
何処でやっても、客席のテンションが、
ぐぐっと上がるのです。
全く文楽に馴染みのない小さな町の公演でも、
必ずそうなりますから、
これは、紋寿兄さんのお臼の素晴らしさをよくご存じの
ファンの方だけの反応ではありません。

振りの間の良さ、
首遣いの巧みさ、
そして、
ご本人のオーラで、
思わず客席が乗せられてしまうのです。
踊り終わった時には、
皆さんニコニコ、手拍子にも似た拍手で、
会場大盛り上がりの内に幕が閉まる、
というのが毎回の事。
いつ見ても本当に感心するばかりです。

豊松清十郎


1) 団子売り:“「団子売」は、遣り甲斐のあるものです。”をご参照ください。
2) お福:歌舞伎では、お福の面をかぶります。

(2010年3月・「ふれあい文楽・ヴィアーレ座」あれこれ・その4)

にほんブログ村 演劇ブログ 古典芸能へ 豊松清十郎にご声援を!

テーマ:豊松清十郎 - ジャンル:学問・文化・芸術

[2010/03/12 10:53] | なまけず一所懸命 | トラックバック(0) | page top
実際に見ていただければ、一目瞭然なのですが。
お臼の人形には、
「突き上げ棒」という、30cm程の竹の棒が付いています。
この突き上げは、立役には必ず付いていて、
手に持ったり胸で受けることで、
人形の形を決めたり、重さを助けたりします。
しかし、女方に付けるのは、非常に珍しいのです。

では何故、突き上げがあるのか。
これは、お臼の人形が、肩をすくめる時に使います。

本来立役と女方の人形では、「肩板」の構造が違います。
女方は、首1) の動きに肩の動きが沿う様に、
「一枚肩」
というただの板に、首の嵌まる溝を切っただけの物を、
立役は、それでは力強さが薄れるので、
首だけが独立して動くように、
「肩車」という部品を加えます。
何故かと言いますと、
首と肩の動きが連動すると、
無用の色気が出てしまうんですね。

ただし立役でも、
白木屋の番頭丈八ですとか、
笑い薬の萩の祐仙などの三枚目には、
一枚肩を用いる時があります。
これは突き上げを使って首を前に押し出すと、
襟が抜けたようになり、
三枚目のおかしみが出るためです。
どうも文章でお伝えするのは、むずかしいですね。
実際に見ていただければ一目瞭然2) なのですが。

お臼でも、
割身というおどけた振りの所で、
突き上げを使って首をすくめるのですが、
これがなかなか鮮やかにできません。
師匠方は、ごくごく自然に遣われるので、
お客さまからも、
思わず笑い声が響く、とこうなるのですが、
私らが遣うと、必死でやってもわざとらしいばかりで・・・

私にとっては久し振りのお臼。
せめて皆様に、
微笑み位は、浮かべていただけますでしょうか。
これもチャレンジ。
せいぜい肩の力を抜いてガンバリます。

豊松清十郎


1) 首:「かしら」と読んで、人形の頭のことを言います。
2) 一目瞭然:ぜひ、この「一目瞭然」の機会を、「ファンの集い」といった形か、なにかで、つくっていただきたいものです。

(2010年3月・「ふれあい文楽・ヴィアーレ座」あれこれ・その3)

にほんブログ村 演劇ブログ 古典芸能へ 豊松清十郎にご声援を!

テーマ:豊松清十郎 - ジャンル:学問・文化・芸術

[2010/03/10 09:33] | なまけず一所懸命 | トラックバック(0) | page top
吉田玉英さんがお亡くなりになりました
「玉英さんがお亡くなりになりました。ただもう、残念です。」と、
悔しがる清十郎さんからの電話を今朝受けました。
寂しいことです。
玉男師匠の楽屋では鏡を挟んで壁際に座り、
いつも大人しく微笑んでおられ、
言葉少なにではありましたが、
優しく応対して戴きました。
上手いなあ、と感じたのは
「奥州安達原」の安倍貞任の娘を遣った時でした。
後日の新聞にも書いてありました。
最近は老女形を得意として品良く勤めておられました。
昨年末の東京公演では
「近江源氏先陣館」の篝火を遣われましたが、
身体は弱っておられ、より細くなって痛々しいほどでした。
まだまだ先のある人でしたから残念です。
御本人も道半ばで無念さは察するに余りあります。
「可哀相になあ」と皆さんがおっしゃるに違いない人柄でした。
きっと今は玉男師匠の傍で静かに控えていらっしゃる事でしょう。

合掌

子龍

にほんブログ村 演劇ブログ 古典芸能へ 豊松清十郎にご声援を!

テーマ:文楽 - ジャンル:学問・文化・芸術

[2010/03/08 12:50] | 子龍がゆく | トラックバック(0) | page top
| ホーム | 次のページ>>
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。